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春野塾

腕のなかで遊ぶ「ななふし」に気をとられて、そのために感想文をほとんど書けなかった生徒がいた。私は、それでいい、むしろそれがいいと思いました。
春野塾は、森林の中。林道から崖を降りたところがその場所です。

安全地帯の家をでて、両手にめいっぱいの荷物を持ち、そろりそろり崖を降りていく。フラフラになりながら、時には滑り、列になって降りて行く。不安を覚えた。果たして複雑な地形の大自然と共生できるのか。その不安も夕方ごろになると慣れ、自然に還っていく子供たち。自然によび戻され、あるがままを引き出してくれた大自然に感謝。

夕飯づくり、米の炊きあがりを大失敗。硬くて食べられない。しかし子供たちは誰になにを、そして誰かに責任を問うでもなく「まずい~」と、笑いながら食べている。
本当に、なにもないところ、電気もない、ご飯も失敗、穴を掘っただけのトイレという普通では考えられない状況で、彼らは笑顔を絶やさず、ずっと大はしゃぎで笑っていた。これは驚くべき人間本来の性質。笑顔の大切さを改めて知る。マイナスをマイナスというくくりで囚われないことが子供たちの強みであり、今後生きる上で忘れてはいけない要素のひとつ。

夜の焚火では「大事なモノ」をお題に、その理由を述べるものだった。一人ずつの発表は、ほとんどの生徒が大事なモノはモノでなく「家族」や「友達」など、生きる過程で重要なヒトだった。なかには家族の大事な理由を言えず、沈黙してしまう生徒が数名いた。そんな生徒を、ずっと、ずっと黙ってみつめる総勢25名。本当の答えに理由はなく、焚火に浮かびあがる真実に息をのむ瞬間だった。

おつかれさまという言葉が一番似合わない人種。
山林ツアーでは闇の森を歩き、湧き水を汲んだ。その水が甘くておいしいので翌朝みんなで水筒に入れ、お茶摘み体験に出かける。集落に降りて行き、各自お茶摘み。協力頂いた楢尾の森ながのりさんは茶に懸ける想いをみんなに語りかけ、5年かけて大事に育てた苗木を惜しげもなくへし折り新芽の摘み方を教えてくれた。最後に、お茶摘みさせてくれたことへの礼を、ある生徒が個人的に「ありがとうございました、お身体に気をつけて元気でいてくださいね」と言った。
子供たちは自分の発言に責任を感じない、あるがまま、思うままを伝える。頭を剃りあげた講師には「ハゲ先生」、ヒゲの講師に「ヒゲモジャ先生」。学校であれば本来注意すべき点なのかもしれない。しかし野びと塾はあるがままを受け入れ、言葉にできない想いを伸ばす。荒っぽい子供たちの受け入れに講師は「名前なんてなんだっていいから、これ手伝ってくれ」。みんなが「うんいいよ」。もちろん注意すべき点は注意、しかし今回は講師がなにも言わずともみんな協力的だった。なるべく放っておくことが実は彼らの成長の手助けとなる。数回目の参加の生徒は慣れもあるが、それ以上に協力することの意味を、楽しみながら笑顔のまま完全に身につけていた。
興味があればそこには必ず発展がある。

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名前なんていい、講師への感謝の言葉も要らない。ただ、あのとき感じたすべて楽しいと思える純粋な気持ちと、みんなで協力して達成したことを忘れないでほしい。
講師のみんなが子供たちから気付かされた多くに感謝の気持ちを伝え、楢尾の人たちもお茶摘み、家まで来てくれて本当にありがとうと言う。子供たちもお茶摘み体験させてくれてありがとう、オリエンテーリングで地元の御宅でありがとう。細胞で感じる感謝の気持ちに溢れたとき、施せ、ヒトから感謝される人になれる。焚火の煙のように、参加したみんなが感謝の気持ちに歯止めなく上り詰めていけたら、これ以上のことはない。