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今回の活動場所
静岡~大槌町~仙台~福島~岩手~静岡
人との出会いはみずからの成長と活力にあふれます。

クマとトラの猛獣コンビで出発した今回の大槌町訪問。
川根のみなさんに託された茶葉を、仮設住宅、一軒一軒まわって、
お年寄りの話を聞くのを第一目的として、お渡ししてまいりました。
厳しい生活をされる被災地の方々の一瞬でも命の防潮堤になりたいというのが本音です。
頑張ってではありません。だいじょうぶですかの声かけです。

静岡県民としては、一瞬でしかありません。しかしなにもやらずして得る後悔よりやって疲れて徳をえる後悔には一点の曇りもありません。
現地のみなさんのあったかい受け入れに感動しております。本当に大槌の方はすばらしい。そして東北全体がすばらしい。

みなさん笑顔で対応してくれて心配な面や不安を一切口にせず、だから心配なのだけども、どの方ともすばらしい出会いをさせてもらいました。こんな私たちに関わってくれた東北のみなさん、島田のみなさん、全国の皆さん、いつもありがとうございます。


大槌支援11回目現地活動報告
日時:2012年5月22日~27日
現地活動:青山真虎 増田氏
協力:川根町青年団、川根町の方々、金谷茶まつり第一屋台、大槌稲荷神社 全国の皆さん
支援物資:茶葉70キロ、金谷茶まつり応援腕章他
...

活動報告
仮設住宅一軒一軒を訪問して特に一人暮らしのお年寄りの話に耳を傾ける。以下訪問仮設住宅

吉里吉里第四仮設 全件と公民館
安渡仮設本部 &安渡お茶っこの会
赤浜仮設 全件 (3人厳しい)
第2仮設 1ブロック 臼沢カフェ
蕨づな第16仮設 全件訪問
国道45号沿い仮設
波板さとう旅館
第14仮設 公民館と数件
ボランティアグループに茶葉支援

22日
17:00静岡出発~翌23日早朝5時大槌着。
12:00大槌小学校訪問。

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こどもたちの様子を聞く。県外からの依頼で被災児童に震災のことを話してほしい旨の依頼が多数よせられているらしい。話を聞いて、かわいそうに、義捐金、そんな流れが出来上がりつつあるらしい。そんなこともあり校長はみずから視察団や勉強目的の県外の人を案内している。中学校長も訪問。





23日~25日
さて、今回の目的、仮設住宅のお年寄りと交流。


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こんな見た目でも受け入れてくれるか心配。
まずは出だしの記念撮影(私の写真はすべてクマ先生撮影です)






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さすがにみずしらずのお宅に訪問するのは気が引ける。なにより気合が要る。
でも間違ったことはしていない自信はある。
あたらしいことには勇気が必要。




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掛け声はこうです。

こんにちは。
人がでてきたら
静岡からきました、まことに勝手ながら仮設のみなさんを心配して参上いたしました。
なにかご不便な点はありますか。全国のみなさんに伝えさせて頂くことはありますか。
すると、多くの方が途切れなく話をしてくれる。まるでたまっていたものをはきだすように。こんな表現は適当でないかもしれない。でも私にはそう感じた。




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今回、被災者の方々の写真を撮らせてもらった。
川根町のみなさんや青年団のみなさんへの報告用として撮らせて頂いた。
ブログでは個人権ということで小さく載せさせて頂きます。どちらの方にも申し訳ありません。



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ばあちゃんたちみんなイイ笑顔です。
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大槌町出身の歌手、臼沢みさきさん。中学2年生。
寺野弓道場が避難所の2011年4月、大槌臼沢鹿子伝承舘による応援民謡会が開かれた際、会員の一人である岬さんの歌をきかせてもらった。透き通った声で東北伝統の民謡を歌い上げている姿に粋を感じた。
以前、FMしまだに出演させてもらったとき、彼女の歌声を島田市民の方に聴いていただいたことがある。




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クマさんによる仮設訪問を激写。
彼は島田出身なのに大阪弁で「こンにちワ」と訪問。温かみを重視した結果とのこと。たしかに。
張りの無い声でも大阪弁はイイ感じ。軒数をまわりつつ一軒だけ大阪弁のまねをしてみる。留守だった。やっぱし私の関西弁はどこか熊本弁である。そういえば北海道では「まいどさまです」という営業用語がある。


下の写真はクマ氏が仮設住宅の一角を修理しているところ
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仮設にお住まいの方から、修理を依頼されたのだけど、もちろん制限がある。
行政サイドの制限である。我々がその制限で活動できない場合はやめなければならないが(本当か)、
こうして行政サイドからのきょかが降りればなんでもできる。
みんな人の役に立ちたいという点で一致している。



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訪問先で急遽、お茶会がひらかれる。
この方々と馴れ馴れしく座る私、座りなさいといわれたので狭いスペースに座る。




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ダンボールが積まれた4畳半のスペースに、お年寄り夫婦二人暮らしの一室にあがらせてもらった。この方は避難所で何度か言葉をかわしていただけなのに今となっては級友のように喜んでくれるので私も嬉しい。


老夫婦は地域の仲間もちりじりになり、なにもすることがないので座ったままテレビをみて一日をすごす。
あぐらをかいたまま座りっぱなしの日々に腰痛や坐骨神経痛がひどくなっているようだ。
ボランティアの役割は、
もちろん一軒一軒まわってご老人の様子をうかがい話し相手になることも重要だと思うが、
朝いちはやく仮設にでむいて、ラジオ体操こそ、ご老人の運動不足解消、地域の顔を覚える上でも役に立つのではないか。
自分がやってもいないことをいうのは自由であるが、今後このような活動を視野に入れて自分には何ができるか考えようと思う。


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仮設をうろうろしていると、避難所で毎月お会いしていたおばあちゃんに再会した。
涙をうかべて再会を喜んでくれて私もうれしかったが、停滞しているなにかがあるのがすぐにわかった。
なにができるんだろう。
なにができるんだろう。
この心優しい人たちになにができる。

ばあちゃんの手をみてもらいたい。湿布を張っている。仮設住宅の作りから転倒してしまったそうだ。
別に仮設のあら捜しをしているわけではない。人が人として安心して暮らせる場所がほしいだけです。





仮設に訪問、そして傾聴、最後に静岡茶をおわたしする。
いちばんの目的は人との交流。大槌滞在三日間で100軒以上のお宅を訪問。うち40軒在宅。交流ができた。そして現実を垣間見ることになった。
われながら押しつけのコミュニケーションとは思うが仮設からでてこない方への傾聴が必要だ。
一回会えば必ず次回につながる♪出会った方すべてのひとが笑顔。

訪問しづらかったはじめの家。二重サッシをあけると生ごみ臭。人が部屋の奥に寝ているのがみえた。いくら声をかけても反応が無い。あきらかに寝ている方、この仮設住宅は最後に再度訪問した。おばあちゃんが起きていた。家族と一緒に暮らしていたからまだよかった。

その後立て続けに一人暮らしのお年寄りを訪問。表面上は元気だ。私の記憶では5人の方が体調や環境の変化に大変ご苦労をされていた。活動二日目には気温30度前後まであがり、今年の夏も暑い予測ができた。

仮設住宅は鉄骨で、特に日光の当たる角の部屋の支柱は熱を吸収してさわれないほどあつくなるのだという。、去年の夏は仮設住宅の中は人のすむ環境ではないので内陸の親戚宅に一時越していたという方もいた。


これからあらたに日本のどこかが被災しても鉄筋の仮設住宅はやめるべきである。東北でさえ暑くて参るのであれば南はもっと無理だ。静岡に帰った翌日ある行政のエラい人にさっそく相談した。彼が言うには、災害の事前の準備には鉄骨が揃えやすく経済面でも効果があるとか、そんなことを仰せられたので、それじゃまるで行政じゃないですかとツッコミを入れておいた。
人ありきの思想を行政側にもって頂きたい。

なるほどと思わせる話術はさすがだが、この被災地の声を私が諦めてしまっては今後の静岡県民の生活にも影響しかねない。行政の意識がかわればと震災後常々思ってきたわけだが、一市民としてひとりでも多くの方に見聞きしたことを伝えつづけることも重要だと気づいた。被災地支援を防災にきっとつなげる。


仮設住宅訪問の反省点・人をひとりでもという気持ちで行ったのに、
全件まわりたいがために話も聞かず急ごうとする自分がいた。
傾聴ボランティアを現地でも熱く募集している。

仮設住宅には集会所があり、大槌町で歴史をもつ「お茶っ子の会」というのを各地区でやっている。
参加される方は主に仕事を持たないお年寄りの方で、もともとその地区が地元ではない方がほとんど。
参加される方は固定されていて、集会所に来れない方のみまわりというか、ぶしつけでおしつけなコミュニケーションかもしれないが、これは現地で必要なこと。やれる人がやる。もしいける方がいれば、現地の集会所の名簿に名前を記入して、気合と笑顔で訪問して頂きたい。実際、お宅の方全員が笑顔で喜んでくれる。これだけで我々としてもありがたい。笑顔にありがたい。心遣いしてくれなくていいんだってといいたくなる。我々はあなた方に心遣いしにきたつもりなのに大槌人には本当に頭がさがります。私たちが世話になっているような錯覚。実際そうなのかも。

そういえば大槌の若手は「静岡が被災したら岩手から駆けつけっから」といってくれている。
静岡が被災なんて考えたくはないが、おこりうること。
「いや~、静岡までいけっかな・。」そんな言葉を大槌町でよく耳にするようになった。
たいへん心強い限りであるが、まずはかっこわるくてもいいから静岡人として支援をさせてもらいたい。
支援といって、おこがましいかといえば、そうとは限らない時代。

日本の都市地域はコミュニケーション破綻によりコミュニティ力をなくした地域は少なくない。
これらを回復させるヒントがこれから被災地各所でみられるだろう。

大槌町の仮設入居者は、全員が抽選で当たった人である。
抽選といっても「ココの仮設がイイ」という選択肢はない。仮設に早く入れるかどうかを抽選するためのものだった。
せめて地域ごとの抽選が望ましかった。地域の絆が一旦途絶えざるをえなかったのは自然災害が原因なので百歩譲って仕方ないとしても、また復活しうるコミュニティであったり、避難所仲間の絆も断たれてしまうと交流が大変だ。一応仮設ごとに自治会が設けられたようだが、あまり活動的ではない。なにせまた最初からのコミュニティづくりである。疲れが出て当然だろう。でも本当は仮設コミュニティが今すごく大事です。ラジオ体操しましょう。


5月26日 大槌町浄化センター
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千年の森の植樹祭に参加。震災ガレキを丘の状態にして防潮堤とし、そこに苗木を植える。
自然で、景観もよい。大槌町が日本で始めてガレキを利用して防波堤を
試験的に作った。試験的なのは法律の壁があるから。



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写真右避難所からずっと頑張っている地元の青年。年齢は我々よりひとまわり下ですが我々より大人。道徳のお手本というか、みならうべき点が多々ある青年です。一生の友達です。
左は臼沢さん。去年4月から秋まで毎月お会いしていた方で今回は半年ぶりの再会でした。私も臼沢さんは大好きですが私ごときにうわあとハグして喜んでくれて本当に、本当に恐縮してしまいます。臼沢さんは大槌復興に今も倒れるぐらい走り回っているすごい方です。





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大槌町長と町民とで会談。
私が島田出身とわかると、いかりがわ大槌町長から、島田市長に、広域処理に対する感謝の意の言伝をあずかった。
しかし町としてはガレキを防潮堤にしたい旨がひしひし伝わってきた。言葉には、しないけどね。
広域処理とガレキ防潮堤の案は、環境省が同時にすすめているらしい。
だから、そのハザマに立たされた皆さんも翻弄されて大変だと思う。



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合間をぬって大槌稲荷神社のお掃除をさせてもらう。


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この日は翌日仙台でおこなわれる命の防潮堤の植樹祭参加のため移動。
10年来の多賀城の友達をたずねる。
3人で酒を飲み交わす。バイカー、いつもの図。そして私先にねる。いつもの図。
同行のクマ先生が酒豪であることが発覚。
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5月27日 仙台空港の南公園にて千年の森の防潮堤植樹祭に参加。
震災ガレキを利用した防波堤に、苗木を植える活動。900人の参加があった。
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関心が高いのがわかる。

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多賀城の友達と飲みすぎてふつかよい


宮城県の震災ガレキ広域処理の話がでない理由は宮城県あげて震災ガレキを材(財)として防潮堤建設に乗り出したからである。全面的にである。
被災地にとってもっとも有効かつ効率的で、被災者の方々が元気に、一丸となれる。これ大事。一丸となれるイベント。これが防潮堤の植樹の本質。
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みんながたいへんな思いからはやくぬけだしてほしい。
みんなでもっと話し合う大事なことがあるのだから。
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実際にガレキ置き場としてガレキが防潮堤みたいな形で置いてある現場は宮城県沿岸によく見られる。

ちなみにガレキを防潮堤にする材料として、木片なのだけど、今回の丘には建材を使用していない。
防腐剤が塗ってある可能性があるからということで、自然の木、仙台はとくに津波で防風林がほとんどやられてしまったので、自然の木を利用して防潮堤を作っているとのこと。
今回は法律の関係上、試験的ではあったが、この数年で沿岸に多くの防潮堤を作りたいのだという。

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主催でもある世界に苗木4500万本を植えてきた宮脇あきら先生に野びと塾で山に苗木を植えたが動物に食べられた、どうしたらいいという私からの質問に、生態系そのものを変えないとダメと言われた。日本の山をもとの生態系に戻すにはシベリアかどこかのオオカミを大量に放し、雑木を植えまくらないといけない。戦後の植林のように国をあげてやる必要がある。細川元総理大臣と会談。野びと塾で山に苗木を植えたが動物に食べられた、どうしたらいいか質問したところ、なにかアドバイス的なことを言われたけど、緊張しておぼえていない。静岡でも掛川で緑の防潮堤をやることはすでにご存知だった。被災地はガレキを利用して防潮堤を作るのだけど、静岡で自然な景観を残しつつ優しい形での材料選びは苦労するだろう。どちらにせよ自然を壊すことに違いはないので慎重に素材選びをするべき。


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細川元総理大臣と、今後の日本について会話を交わす。




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宮脇あきら先生と野びと塾の植樹について相談する。


・福島県南相馬市視察。1μsv。除染が行われていない山間部は高線量


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・東北のバイク乗りが集まるイベントに参加。
岩手 秋田 宮城 山形 福島のバイク仲間に会う。青森の方には会えなかった。


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新潟のバイカーと福島のバイカーで記念撮影。


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秋田のキンさん
バズゴールドという手縫いの皮製品を扱っている
ごつい財布がいいかんじ

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東京と宮城の友達と。
13GangSchooter 可愛い絵柄のTシャツ屋さん
TJシルバーワークス 手作りのいかついシルバーを扱っている
商品の説明はこの雰囲気で判断してください。

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子供たちに焚火指導。
火って、さいこうだよね~、と子供たち
わかってるねちみたち
おっかねえバイカーのおっさんにおねしょすっぞと脅されてた

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岩手と宮城の友達と
再会のシーンでバイク仲間に深々と会釈する私。ん?なんか変だ。まあいいや。

バイカーの絆は最強である。
この手を使わない手はない。バイカーもライダーも、行政も一般も、普通の人もそうでない人も、なんでもかんでも混ぜて混ぜて混ぜまくれ!全員が全員と手をつないだとき復興は早い。
バイクイベントでも、植樹祭でも、国民の一致団結の関心の高さを再確認!


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このバイクをみれば東北人の気合は一目瞭然です。
東北人は県外の人の力を借りなくても、独自に復興できるかもしれない。
彼らのなかにも人の手を借りる考えをあまり持たない人もいるかもしれない。
だけど、東北だけで復興したら、あまりにも寂しすぎる復興ではないだろうか。


東北の人たちにお願いがあります。
どうか、可能な方だけで構いません、情報を発信してください。
東北の情報をみなさんほしがっています。メディアは流さなくなりました。
言いたくないこともあると思います。ご無理にとはいいません。
情報発信が復興の手助けをするのは間違いありません。
気が向いたらでいいのでよろしくおねがいします。


いまいちど、私たちにできることを考えたいと思います。


東北の人と静岡県民そして日本国民が、
復興に関われる幸せをかみ締めて、報告とさせていただきます。


2012年5月28日


青山マサトラ




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