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今週火曜、島田市立湯日小学校に講演会に行ってきました。
全校生徒35名の、緑に囲まれた、まとまりのある校風です。
同時に、地域の方の協力・助け合いの精神が根強い地域でもあります。

湯日は、清水の由比と同じ地名由来です。
いまでは日本人もあまりゆかりのなくなった古来からの言葉「結い」が元になっています。


結い=助け合い・協力
古では「もやい」ともいい、清水の由比ではもやい舟の石碑があります。
沖縄では「ゆいまある」という方言を使います。どれもほぼ同じ意味です。

世界一周と題した講演では、主に、結い精神を伝えました。
日本や世界の人々から教えてもらった「ゆい」を湯日の子供たちに伝えました。


私たちは、大人になるにつれて結いの精神をわすれがちになります。
理由はそれぞれありますが、恥ずかしいとか、面倒とか、結いは現代社会でみると普通ではないのかもしれません。

でもじつは、こういった永遠の価値観として通用する助け合い精神こそ、次世代に引き継ぐべき精神ではないかと常々感じています。これは単に思想でなく精神であり、精神は行動をともないます。

子供たちは結い精神を生まれながらに持っています。

それを引き出すのも消し去るのも我々大人次第という世知辛い世の中ではありますが、
だからといって日本人を諦めるわけにはいきません。

そういえば湯日の友達は、みためは怖いですが、いざというときとても協力的で信頼があります。


結いを学ぶには、結いの中にいることもそうですが、結い精神を持つ人々と触れ合うことでも可能です。
旅をするのが手っ取り早い結い学習となります。
旅をすると、困ります。自分では対処しようがないほど困ります。
そして結い精神を持った人に助けられます。

かわいい子には旅をさせろの意味は、そんな結い精神を学ぶためです。
頂かないと分けることができません。
溢れないとこぼれることもありません。
精神修養の他力本願は、大いに必要だと思います。

もともと結い精神の意味をあまり知らなかった私ですが、
世界や日本人から与えられた結いを以って尊しと成している自分が居ます。

そういえば湯日っ子たちがイスラム教の礼拝の写真を見て釘付けになっていました。
質疑応答で「あの写真はなんですか」という質問を頂いたとき、
「みんなも仏壇に手をあわせるでしょ」というと、あまり反応がなく、

やはりあまり興味のない話なのだなと思いながらも、「神社は行く?」と聞くと、
35名全員がこの日一番、わたしに注目したのが印象的でした。血は争えません。
このような反応がくることはDNAのなせる業だと思います。

日本人はだめな人種になったのでしょうか。私はそうは思いません。
湯日の子供たちや純な大人のように、興味をそのまま形にすることが、今後の日本を残す上でとても大切なことだと思っています。

日本人に結い精神が失われていたら被災地支援で物資や手紙が届くことはなかったでしょう。
気概ある人間とは結い精神を持つ人のことです。
この結い精神を全世界にみせることで、世界は平和に導かれます。


最後になりましたが、
日頃から大切に使われている湯日小の体育館にバイクをあげさせていただき恐縮です。
いつも、ありがとうございます。

Gracias amigos de YUI


DSCN7984_convert_20120630054740.jpg
湯日小学校にて
2012年6月26日
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