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岩手県大槌町の仮設住宅
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2015年3月15日訪問時 

避難所で支援活動をした際に知り合った家族宅の仮設住宅で言われた、
友人からの言葉

「出会いってわからんな!

震災はホント最悪だったけど、

でも震災がなければ真虎と知り合うこともできず

他人だったが、今では家族だよ。

この出会いを大切にしような。感謝している。」





日時:2015年3月14日~18日
行き先:岩手県上閉伊郡大槌町
目的:被災地の復興状況と仮設住宅の問題、民生的観点から人々の暮らしをみて、
   今後島田市でも訪れることが確実視される社会問題の課題解決の先進事例調査


先日、岩手県大槌町にいってきました。
震災直後から数えて18回目になりました。
まったく復興していませんでした。

テレビでみかける政治家のようにネクタイをしめて復興の様子を視察するだけでは、
私はまったく意味がないと思っています。
やはり仮設住宅に入ることができるのであればみなさんのお話を伺いつつお邪魔して、
生活の様子を観察させてもらい、私たちになにができるのかを真剣に考えたいと思っています。

震災直後から被災地入りしていたボランティアの役割は、
いまになって「ある」と感じています。

私たちのように、とくに避難所に出入りして被災者の方々とがっちり関わり合いを持った人たちは、
町民との信頼関係があり、
その分、被災者の方々は、普段、言いたくても言えない話題というものを
私たち「部外者」に思い切り吐き出すことができるのだと思っています。

これは震災直後の避難所から、まったく同じです。
被災された方々同士では、話題にできないことがあります。
そういう意味で、役割がましています。

お話を聞くだけでいいのです。
そういう意味で、今回もまた避難所で知り合った方の仮設住宅を中心に、
被災された方々の今のお気持ちを伺い、寄り添うことをさせてもらいました。

東北の方々には恐縮ですが、
私はこれが本当の視察と思っており、市政にもいかされてくるものと感じています。
なぜなら人口減少や若者流出など、
被災地の課題は、全国どこでも起こっている出来事であり、
その課題解決の先進地であることから、
私は東北沿岸部の方々の感情をこれからも感じ、
情報を持って帰り、できることなら復興のお役にたちたいと思っています。

講義を受ければもらえる防災士の免状よりも
貴重な体験を生で聴き、課題に触れ、その解決策に立ち会う。
今こそ被災地から学ぶことは多々あるものと思っています。
以下、報告になります。


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日時:2015年3月14日~18日
行き先:岩手県上閉伊郡大槌町
目的:被災地の復興状況と仮設住宅の問題、民生的観点から人々の暮らしをみて、
   今後島田市でも訪れるであろう社会問題の課題解決の先進事例を調査するため

日程、訪問先:
1日目 島田市~大槌町
2日目 大槌稲荷神社、蕨づな仮設団地
3日目 小鎚地区仮設団地数軒を訪問。役場で町長と面会。教育委員会に訪問。
4日目 NPO遠野まごころネットなど
5日目 大槌町~福島県伊達市~島田市

2日目
 神社の宮司さんから聞きとり。
地域住民の現状を聞いた。
漁師さんたちは漁協にすべての魚を卸さないといけない決まりらしく
自分で売り先のルートを探すことも、
雑魚を友人にあげることも規制がかかっているとのこと。
他の被災地より大槌町はもっとも復興が遅れていると言われている。
その中でも安渡地区はもっとも遅く、
写真の盛り土は、土の仮置き場となっている。
復興の青写真をみせないと住民がどんどん逃げていく。

 仮設住宅に暮らす、
避難所から友達になった家族のお宅で夕飯をいただく。
お父さんが怪我で入院中だったが翌日退院ということで快気祝いのため二日連続でお邪魔させてもらう。
仮設住宅や人々の暮らし、現状を聴く。


3日目
 別の仮設住宅を訪問。
震災直後に避難所で仲良くしていたばあちゃんをがいて、
大槌町に行くたび仮設に訪問して様子を伺いつつお茶を飲んで楽しく会話していたが、
今回、急に私のことを忘れてしまっていた。
同居のお爺さんによると、
この半年で認知症が急に進行したようで、
家に帰りたいというのが口癖になったと聞いた。
その家は津波で流されている。
過去と現実、3.11がめちゃくちゃに混ざり合った意識で暮らしているので、
お爺さんも精神的に参っていた。

高齢者の多くの方が認知症が進行していることを仮設団地の自治会長からうかがった。
冬でやることもなく朝から酒を飲んでは体調をこわし、
救急搬送が増加傾向。
仮設住宅は狭く、そとは寒く、やることがない。

男性高齢者に多い事例として団塊世代が後期高齢者になるころ島田市でも大きな課題になることが予測される。

 避難所から仮設住宅に移動する際、
抽選・早いもの順で割り当てられ、
その結果コミュニティは崩壊している。

今の島田市でも世代間のコミュニケーション不足など、
多くの自治会が崩壊傾向にある。
被災地でも課題解決はまだ方法すら分かっていない。
今後も先進事例として状況把握に努めたい。

また自殺者も増えていると聞く。
そしてもうひとつ深刻な問題を各方面から聞いた。

 家庭内DVが増えており、その反動で学校内で勉強道具を壊す子供がいて、
先生にまた怒られるという。元々潜在的にあったことだと教育関係者は言うが、
果たして本当にそうだろうか。

大槌町長と面会。年度末で忙しそうにされていた。
迷惑をおかけしますというと
毎回気にかけて足を運んでくれて感謝しているとおっしゃってくれた。
情報を色々お聞きした。保育士不足、医師不足、作業員、すべての業種に人手不足の問題がでている。








4日目
NPO遠野まごころネット大槌事務所を訪問。
副代表 臼澤良一氏と面談。
行政が考える町づくりと町民の思い。
一万人の町に二万人の町を作ろうとしている印象を多くの町民は持っていた。
リトル東京。
大槌町はこのどうしていいかわからない状況に東京の有名な教授や学者を連れてきてはアドバイスを受けて実践しようとしているようだが、肝心な住民意見はあくまで参考意見にとどまっている。

重要なのは首長に方向性があった上でのアドバイスであり住民意見である。

島田市はどうか。
百人会議やタウンミーティングを頻繁にやるようになった。
それはいいことだが、首長には明確な芯となる方向性やビジョンが必要であり、
それがない上での意見聴取はまとまらない可能性がある。
どんな方向性でもいい、それを示し、
その目的達成のために今なにが必要かを考える必要がある。

20年以上つづく遺恨の選挙構図
市長が代わって市民会議をしても、現市長の支援者の偏りが否めない部分がある。
当然前市長の支援者にも素晴らしいアイデアをお持ちの方はいる。
20年、このような構図だから島田市は疲弊しているのではないか。
この20年のあいだ二極化している構図を早く切り替えなければ、
力が分散されたまま、島田市はより元気がなくなる可能性がある。


5日目
最終日は帰路につく道すがら、福島県伊達市に赴く。
バイカーの友人を訪ねて現状を聞いた。
現市長は二年前の選挙公約でC地区除染を訴え当選した。
C地区とは伊達市独自のエリア区分で、
BよりAのほうが放射線量が高い地域である。
このC地区を除染するとの公約も、選挙のあとには無かったことになっており
住民は憤慨している。
どこの地域も選挙公約を守らない人を当選させている。

当選後、できないことが分かっても精一杯やりつづけるべきである。
約束を守らないから若者が政治から離れるのである。

福島県民の問題は切実なので公約を守らない市長に相当憤慨していた。
友人は言った。
毎年訪れる3.11で後悔をリセットすることに決めた、
一年の反省もすべてこの日に終えて、
また新たな一年を迎えるんだ、
まるで正月に神社に手を合わせるようにと。

 福島第一原発から直線距離60キロの伊達市でも
放射能汚染の問題が深刻化していた。

安心安全の逆を行くリスクをともなう原発発電は、
私たち親の代に完成し、
私たち世代で終焉を迎える必要がある。

経済にそれほど執着していない私たち世代なら出来る。
もっと大切なこと、途切れた精神、中今。

子ども達の表情で、
その土地の状況がよくわかる。
登下校時、福島の子は笑っていても、その目は笑っていなかった。
また岩手県も沿岸と内陸部の生徒たちの表情はまったく違った。

中今の精神で後世に笑顔をバトンタッチするのが最低限私たちの責任である。






島田市議会議員
青山まさとら