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空き家調査で山の集落をまわって数ヶ月。
全集落を歩き尽くしたので報告します。

災害危険区域に指定されている地点では住宅移転に補助金が出ており、
その影響もあり多数の移転が出た集落は、
村の存続自体が危ぶまれる新たな問題が発生していました。


市内でも廃村の危機にある集落がたくさんあることを知りました。
その背景として農林業の壊滅的状況、
戦後の教育で都会に出ないと成功者になれない等の植えつけられた価値観。
とくに農林業は補助金がないと自立ムリな状況を作っていただきました。
持続不可能な農林業政策、どうするの。



島田市では全世帯3万5000軒のうち約3000軒が空き家になっています。
私は空き家を島田市の大きな資源と位置づけていて、
今こそ利活用しないと来年度からはじまる特定空き家の指定で貴重な古民家も順次壊される可能性があります。
市内の山には改修工事をしなくてもそのまま住める古民家が十軒ほどありました。

築200年。昨日、集落の情報収集で立ち寄ったお宅、
なんと築200年❗️
多少の痛みはあるものの囲炉裏もカマドも風呂焚きも残されていました。
その方も移転するとの事で、200年目の取壊しが決まったそうです。

7世代先の子孫を想って建てたであろう家が、
今年一杯で壊されようとしているのに、
不思議と正月のおわりのような寂しい中にある温かさ。ここで何人の家族が正月を迎えたか。

7世代を代表するおじいさんが、青白い顔で血糖値を下げながら、
息子が建てた家に夢を抱いていました。
山を降りた時点でおじいさんは現役引退です。
まちに行けば認知症になるだろうと不安を隠しません。

なぜ先代は川止めで潤う宿場ではなく山奥で生活を始めたのか。
当主は家を壊す決心がついたときどんな心境だったか。
誰かが住んでくれれば先祖も喜ぶから居住者を探してほしいと伝えられました。

元々は山の民族だった我々日本人

経済や便利を求めて下界へ移り住みました。
光には影がある。
まちはたくさん人がいるのに山のほうが人づきあいがある、
まちはモノが溢れているのに豊かさを感じない、
まちは金さえあれば困らないはずだったのに自然の摂理が通らなくなっていた。
もちろんたのしいことは同じぐらいある。

仮に、山に移り住んでも社会からドロップアウトとはいかないでしょう。
味わったことのない試練があると思いますが、
その多くは生きるために命をいただく行為。

資本は地上の生命たち。
世直しが済んだら私も山に還りたいと思っています。
山への移住のタイミングは、まさに今のようです。

空家のご相談がありましたらお気軽にお声掛けください。
宅建主任者としての意見もお伝えできるかと思います。
よろしくお願いします。

青山まさとら






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