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2011年6月25日~26日

第7回 野びと塾

露野塾 参加25名





「できない」という言葉を、一度も聞かなかった。参加数回目の生徒がほとんどだったから、当然といわれればそうなのかもしれないけど、それでももう誰も「できない」を、やる前から言わなかった。唐突だけど、これを東日本大震災にあてはめてみると、やっぱり日本は復活可能だ。やる前からできないことはない。改めて子ども達から教えてもらった気がする。

家路を、ゆったりとしたスピードで走っていた。西日がまぶしく、家はすぐそこ。なのに、車中の4人はそれに気づかずぐっすり眠っていた。
「はい、朝ですよ!おきてください」
お迎えの場所まであと5分。私は、バックシートに持たれかかり眠りにつく全員に、まるで耳元で大声をあげるように、そう呼びかけた。

しかし生徒は、
「あ、う・・」
全員これである。ぴくりとも動かない生徒もいる。よだれまで垂れている。
私は再度、
「はい、朝だぞ!おきろーおきろー」

「え?え??」
「だから、朝だぞ!」

「はい?あ?え・・・あれ?いま、キャンプの夢みてた」

「どんな夢だった?」

「いや、先生がはい朝ですよ、おきてくださいっていうから、起きないでいいんだと思って、そのまま寝ていた夢だった」

眠っていながら寝てる夢、しかもその夢はさっきまでの現実。
7回目を迎えた野びと塾。今回も印象深い自然体験になりました。雨に当たらなかった露野塾の報告をさせて頂きます。

季節は梅雨。露野塾と銘打ってはみたが、実際に雨が必要だったのは、露野塾募集で生徒が参加を決めた時点までだった。たしかに雨の中やるキャンプはその経験値が格段にあがるものの、だからといって別に雨の日にわざわざキャンプする人はあまりいない。雨など降ってほしくないという講師陣の願望が天に通じたのか、この二日間で雨が降ったのはほんの15分程度だった。雨だろうとキャンプに参加する。そう言えてしまう強い意思、それだけで十分だろう。髴イ+(7)_convert_20110628121900


キャンプ場とは違い、水道電気ガス、なにもない。なんにもない標高900mの山林。野営地に向かっている山中で、以前交流を深めた楢尾集落の方と車ですれ違った。子ども達はおじさんの顔を覚えていて、すれ違いざまにはいおじさんこれと、持っていたキャラメルやチョコレート、飴を窓越しに手渡した。子ども達の素直な行動。格好つけないことが一番かっこよくみえた。立派な包装紙に包まれたなにかより農作業中のおじさんにはチョコレートだったかもしれない。


元々あまり人が入らない山林に下りていく。焚火用の穴を掘り、掘ったそのスコップで今度は簡易トイレを完成させる。穴掘り名人、薪拾い名人、水汲み名人、そして最後に斜面名人。これは参加者全員の称号である。車を置いた林道に荷物を取りにいくのに林の中を往復する。100mといえこれが結構きつい。夜の「山林ツアー」、そして「探検ツアー」も同様に急勾配を何度も往復した。

髴イ+(39)_convert_20110628122059


さて、ご飯。野びと塾は「カレーのためだけに参加しても良い」ぐらいのハイレベルな鍋料理が自慢だ。参加者それぞれが野菜・果物一品ずつを持ち寄っての鍋料理。持ってきたものが例えばバナナなど、その品が鍋料理になりえないものであればあるほど相談時間が長引き、班内の仲間意識があがる。素晴らしい出来栄えなのは、仲間と一緒に協力して作ったからという帰りの会での生徒の意見。数々の米炊き失敗を経験してきた勇者たちも、今回は上々か。すこしのおこげはご愛嬌。初日はすこし怖くて鍋を焚火に掛けられなかった子も、二日目には火の中に鍋を置いた。危険か危険じゃないかは触れてみないとわからない。

焚火では、恒例のひとりずつ発言する時間になっている。今回は「被災地について」。いつもは「友達について」や「夢」「大切なもの」など、もしかしたら答えが似通ってしまう。今回の「被災地について」はひとりずつ違った意見を持っていた。哲学の披露である。炎の動き同様、そこに形や答えなどないから、黙って焚火をみつめつつ発言したことをそれぞれかみ締めた。

深夜まで騒ぐ。一部の生徒が恒例化させようとしている。私たち講師陣の世代に比べ寝る時間が凝縮されている現代では11時を深夜と呼ばなくなった。焚火をながめつつ横になる数名。

2日目の探検ツアーでは、大人でも尻込みするほど高低差のある斜面を、しゃがみながら降りてゆく。そこには沢があり、それを滝近くまでくだってゆく。なぜ、という地形がたくさん現れる。木の根っこが川に現れてむき出しになっている。一度立ち止まってみると、誰かが「早く先に行こうぜ」とせかす。でももう一度まわりをみわたすと、なぜか全員黙ってそこに立ちつくしてしまう。不思議な絶景が数百メートルつづくと、最後は山林に戻るため急勾配を登る。くだりとは対照的に今度は四本足で登ってゆく。上体をおこしたら転落してしまう危険性があるので常に四本足。傾斜でいうと30度~60度。まっすぐ登ってゆく。地面に顔を近づけて歩いていると、普段、気にしたこともないような風景に出会う。小動物が冬眠から覚めたばかりの穴、鹿の足あと、毛細血管のような木の根。これらは地球で、野びとも生きている。活発女子と冒険野びとが自然と自然に向き合う。

バンソーコ12枚。これが今回使用したバンソーコの枚数。包丁、木の枝、でこぼこ斜面で転んだ、消毒しただけの生徒も数名いた。保護者の方には大変申し訳なく思っている。と同時に水洗いしてから洗濯機に入れるお母さんの姿を想像してしまう。ズボンは各自泥まみれで、片方の靴下を無くした生徒もいる。初日の昼は地べたに座らずしゃがんでお母さんの昼食を食べていた生徒は、二日目になると燃えかすの大木や、水っぽい地面などに腰掛けていた。場合によっては上着も煤け放題。洋服汚れは相当なもの。いつもお手数お掛けします。


さて、野びと塾の講師は言葉で指導しないようにしている。
そのかわり生徒は行動の中でみずから覚えていくのが特徴だと思っている。
手を出せば簡単に済むことでも子ども達の力で乗り切るようにしていきたい。
今回は、時間だけ指定して、あとのキャンプ活動は生徒が班員と相談しながら決めていた。
まさかここまで出来ると思っていなかったので正直驚いている。
放っておいても彼らは班員たちとキャンプを達成し、そして楽しみ方を覚えた。

必死になることのなにがかっこ悪いんだ。
超カッコいいじゃん。なんでも100%で臨む。また子ども達から教えられた。

当初、露野塾の予定は「リーダーの育成」だった。
しかし彼らが持ち帰ったものはフォローワーシップ、助け合い。補い合いだった。
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露野塾
すり傷は消えても、思い出に残るキャンプであると確信したい。

生徒を送り届けて20分すると土砂降りの雨が降ってきた。
天気の神様も、キャンプの神様も、彼ら野びとに見方してくれた気がする。


感想文を読んだ。
子ども達の素直な感想なのだけど、その瞬間の感情ほど伝わらない。この二日に刻まれたなにかは、どこか引き出しに仕舞いこんでしまったらしい。いつの日かそのなにかの引き出しを思いもよらず開けたとき、その人が尊敬される大人でいてほしい。野びと塾はそう願っています。

野びと塾 青山真虎






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