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野びと塾10th春野びと 青山手記

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まず、この会において、北海道からおいでくださった結城幸司さんに多大なるありがとうです。

明け方からぱらついた雪は、二日目の早朝、渓谷の対岸がみえなくなるほど大雪になった。真っ白な空のどこかに晴れ間あり。厳冬の一瞬の斜陽。私たちは春と冬の間にいた。
この春は楢尾集落での7回目の開催になった。集落の方全員の協力あっての野外活動だったこともあり、今回、野びとたちがいつもお世話になっている御礼の意味もこめて北海道からアイヌ民族の先生をお招きして開催された。

初日。昨夜までの大雨とうってかわって、楢尾に到着した午前11時は快晴。温かいものの、林道を登った景色のいいところで昼飯を食べていると、さらっと通り雨。肌寒い正午を迎える。遠くの空に雨が降っているのがみえる。秋のキャンプ場づくりでクローバーの種50キロをまいたガレ場で昼食。新芽の天空で昼食を食べ終えてからみんなで以前植樹した雑木の苗木観察。と、一本もない。これは、なんとなく予想していた。獣である。晩秋キャンプでの植樹はガレ場どこでも植えていいことになっていたから食べられる位置に植えていたらそれは仕方ない。それも勉強。サクラ、カエデ、モミジ、コナラ、ハナヅオウ、名前わすれたけど実の成る木。しかしまさか獣害ネットを飛び越えて野生動物が食べているとは思わなかった。過去300本の獣害ネット内に植えた樹のうち半分以上の姿がみえない。動物がたくさんいるのは知っているし鹿の群れにあうこともたびたびある。でもまさかであった。山の斜面に張り巡らされた獣害ネットを飛び越えた鹿か、網の下をくぐるウサギか。そこまで食料がないのか心配になる。そういえば山を歩いても人間の私が食べられる山菜は四季を通してとても少ない。私に食べるものがないなら動物にも少ない。いままで植えてきた「実の成る木」は、食べ物になる前に食べられた。
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アイヌは言った。人が自然界の恵みを採らせてもらうときは感謝し、そして「とりつくさないこと」。私たちの行為は自然界・動物界、地球に反映されている。もしや宇宙にも反映される。根元から折られたサクラの苗木をみて、信念の方向性を間違えないようにしたいと思うばかり。
その後、キャンプ場作成に場所を提供してくれた楢尾のおじさんが、山の斜面を一気にかけずり降りて登場。おじさんはシイタケ栽培をしており、ぼた木が並んだシイタケ畑でシイタケ狩りをやらせてもらうことに。そして採った分ぐらいはとみんなでコナラの木にシイタケ菌を打ち込んだ。頂いたシイタケ50個はシイタケご飯、夕食のグリーンカレー、朝食の雑煮に山の香りを超発揮。おじさんはシイタケの他に魚の養殖や養蜂などをしている。自分の生計費以上にできあがった作物は村人や山に遊びに来た人に分け与える。イワナやアマゴは村の特別な日にみんなで頂く。みんなのために毎朝6時にえさやりをしている。みんなが喜ぶことをやる。いつも笑顔。人生の先輩。シイタケご飯の作り方がわからなかったので地元のおばあさん宅で教えてもらった。シイタケおじさんの親戚の家。

夕食準備。カレーの本場ミャンマーからの留学生モーモーサン先生による、グリーンカレー講座。まずルーを結構炒めてから野菜を入れてあとは強火でひたすら煮込む。なにか入れていたのはたぶんココナツミルク。味見のとき辛すぎると感じた調理係は合せ味噌も投入した。クリーミーな仕上がり。でも子供たちではまだ辛いだろう。トマトピューレで色が変わった。グリーンからオレンジカレー。結果全員「超うまい」と全員おかわり。数人は3杯おかわりしていたけど最後はほんの一杯分のルーが残っていた。あとで遅刻してくる講師の分なのだろう。
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そうしているうちに今回のゲスト、アイヌアートプロジェクト代表の結城幸司さん、マーキージョモラさんが到着した。結城さんはバランスの取れた大いなるアイヌである。マーキーさんは一時オーストラリアの先住民。夕食を食べ終え、徐々に市街地から見学に訪れる方到着。楢尾にはじめてきた方は「ここ、人住んでるんですか?」と。
焚火アイヌ公演が開催された。マーキーさんのディジュリドゥに目いっぱいの星空。焚火に話しかけるトンコリ。狼と羆の民話。太古から口伝で伝えられてきた生きつづけるための教材。いにしえのアイヌは文字をもたなかった。衝撃を受けながら嬉しそうなみんな。
アイヌは人に会うとアイヌ語で挨拶をする。「イランカラプテ」。あなたの心にそっとふれさせてください。アイヌはみえないさわれないものを触らせてと挨拶する。その真意は「あなたの本当の言葉を聞かせてください」版画家でありストーリーテラーである結城幸司さんの自然界をテーマにした民話やアイヌ哲学は大切な引出しを子供たちに提供してくれた。おとなたちは自分の生活を振り返るポイントになった。歯を磨いたら星空ツアー。星が近い。大いなる自然界の贈り物。就寝時間をすぎても夜おそくまで大人に混ざって日本の未来の話に聞き入る子供がいた。みんなが子供たちに話したこと、将来なにかのきっかけで思い出してくれたらと思います。
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翌朝5時45分。斜陽まだない。テントの外は薄暗い。みんな起きだした。晴れ。無風もつかの間。雲行き怪しく雪が降り出した。粉雪から牡丹雪のようなもの、そして大雪。雪に慣れない静岡県民は、すこしの雪でも大雪というのだろうけど、それにしても大雪だ。谷の向こうの集落が真っ白でなにもみえない。今日はおかしな天気だ。陽が差し込んでいるのに雪、温かいのに雪、無風と思いきや強風。暖か寒い。春と冬のキワ。我々はそこに居た。
昼過ぎ、国指定重要無形文化財アイヌ古式舞踊が始まった。
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毎月楢尾でおこなわれている大人の学校のご協力のもと、隣の集落の方、市街地の若者、保護者の方。晩の公演と合わせて50名ほど参加。天空の楢尾に50名!野びとたちは弓をもち、結城幸司さんと共に「狩人の舞」を披露してくれた。私は歌舞の中で子供たちがする「山狩りに入るときの自然界への挨拶」をみて、なぜこの舞が人に必要だったのかを、人の本質にもっとも近い彼らは思い出しているかのような錯覚を受けた。

普段、私たちは楢尾のような過疎の山間地にはなかなか足を運ばない。水道水の源として生活最重要ポイントである山や森に関わるべく、自然崇拝であるアイヌ民族の話をきき、また村人の生活を垣間見ることで、自らの生活意識を感じ取ったのではと思う。人は意識なくして成長はなく、それは自然界にもいえることがあった。昭和の時代、山のほとんどを切り崩して人口的に植林されたスギヒノキの林でよくみかける土砂崩れ。これもまた、自然界の再生意識、成長意識を感じさせる。そうでなければ生き残れないと言わんばかりに、彼ら大自然は太古の生態系に戻ろうとしている。
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東日本大震災から一年。日本は今、大変な時期を迎えている。力を結束して復興していかなければならない。同じように、日本の森の復興をしていく時期に入った。森をあきらめることは日本人をやめること。私は日本人をやめたくない。森羅万象に尊敬と感謝の気持ちをもって森づくりをつづけていく。アイヌの先生のおかげで自然への意識という苗木を植えられた。この苗木は誰にも食べられることはないだろう。

露野塾で山の厳しさを知り、晩秋キャンプ場づくりで嵐に遭い、厳冬の野びと塾では天候不順に打ちひしがれ、この春は北の国からアイヌと雪が舞い降りた。楢尾の方は言う。青山さんが来ると天気が荒れる。厳しい気候は人を内面から成長させて、やりとげた自信は大きい。子供たちの指針は子供たちが決めて、講師陣は視点を多角に広げるお手伝いをしていく。明らかなまちがいは修正させてもらうがスタンスは変えない。
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大いなる自然界は大いなる人になってもらうため次世代育成のお手伝いをしてくれる。大いなる人はきっと森を助けてくれるだろう。いままで自己犠牲でしか活力をみいだせなかった森林は、これからは自他利益で生きていく。全体の幸せを考えた大いなる人と共に。





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