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明日からインドを訪問します。

インド人の友人のご厚意で、
ニューデリーのインド人の小中高生を対象とした授業をしてまいります。

日本代表として恥じない精神を伝えます。


こないだオランダの友達に、
「世界は破滅にむかっていて、それを修正することは不可能」
といわれた。
人類滅亡の道をまっしぐらという。

あきらめていいのかと思う。

このままで
先祖たちに顔向けできるのか。
子孫たちの未来の苦労を無視できるのか。
そして私たち世代これ以上苦しまないために。

いまこそアジアは和を以って結いと成すときがきています。

アジアはもともと搾取することをあまり好まない民族。
自己犠牲、人の為という大義を重んじる日本人の役割は、アジアで実に大きいと思います。

中国の前身である信から朝鮮を独立させたのは日本であるし、日本の役割や、アジア諸国からの期待は本当に大きいのだと、アジアの友達と話していてつくづく思います。
やり方次第では西洋に寛容に受け止めてもらえるでしょう。




いまの国政は、第二次大戦末期の頃によく似ていると、先日お会いした中学社会科の先生が仰っておられました。戦時中は陸海軍双方が、独立して、自分の利益のために足を引っ張り合っていました。国益など考えようもありません。原爆投下以前にポツダム宣言受諾を拒否したのも、責任が、自分たち上層部に集中するからです。

授業のあとは、インドの若い企業家たちと会談します。
とくに種子関連会社とのつながりは、とても重要と考えます。
今後日本はTPP参加にともなう遺伝子組み換え種を主体とした農法が入ってくるでしょう。
遺伝子組み換えされた作物の種は、種が自殺します。
種ができないのでなく種がみずから命を絶つのです。
組み替え作物を食べ続けたラットが壁に頭をぶち続けて自殺したという研究報告があります。
私たち含めた動物は、食べ物によって生命活動を維持していますから、この結果は極普通のことです。

福島原発事故でクローズアップされた放射能からのメッセージは、
食べ物の重要性を再認識することだと感じます。

日本における農薬使用量は面積あたり堂々世界第一位です。
つまり農薬濃度の世界一高い野菜を食べているのはほかならぬ私たちになります。
食べ物のための農薬か、商売道具としての日本人の体か。陸海軍は国の指令を無視して、日露戦争の時のように有利な状況下に講和せず、敗戦にむかっていきました。
原発への恩返し、英霊への恩返しは、私たちがそれに気づき行動することです。
死んだ人は喜びを表現しないかもしれません。しかし子孫たちの笑顔は私たちもみることができます。

今までは農薬はダメなど正面から、そんなこと言えなかったと思います。自分は有機や無農薬でやっていくというごく個人的なものだったと思います。
今こそ、絡み合ったメッセージを直に飲み込む時期にきています。

島田市笹間で17代農家をつづけてきたご老人に、2月3日の節分祭以来ひさしぶりに会ってきました。
彼は酒を飲みつつなきながら私で家業は終わりだと言いました。
17代というと500年になります。
500年の節目に茶をやめ赤カブを植えるよう指導されましたが収穫期に出荷できないことがわかりました。
私は、そんな農家やご先祖たちの心の苦しみを、できることなら分かち合い、できることなら半減して頂きたいと思っています。
そして農薬の危険を知らないままでもいい、健康で、永くたのしく日本人として生きていたいと思っています。それができるかどうかの分岐点に、私はたまたまインドに呼ばれました。食料自給率100%超のインドの種子会社の方々と利害なしにつながることをこの旅の優先事項にしています。関係のなかで特に利害のない友好は双方助け合い精神を助長させるばかりでなく、めにみえない相乗効果をたくさん生みます。
ちなみに日本の食糧自給率は40%で、仮に輸入がストップしたら10人に4人が餓死すると言われています。
人は誰かを頼らないと生きていけない動物ですが、誰かに依存した生き方は安定も長続きもしません。

人はみな死にます。どれだけ貢献できるか。人の役に立つことを怖がってはいけない。そんな釈迦からのメッセージを受け取りました。



インドの後はミャンマーを訪問します。
震災直後一緒に大槌町にいってくれたミャンマーの友人の故郷は、戦時中、日本兵が大変世話になったところです。

ミャンマーは2008年大型サイクロンで20万人が亡くなっています。
ミャンマーの災害復興の早さは、人との繋がりと「家の基礎」が関係しています。大槌町を含めた東北の被災地は、津波で流され残った家の基礎を撤去するか埋めるかで今とても悩み、手間取っています。今後の日本における建築や生き方のヒントがミャンマーにはあるはずです。

そして東洋医学を数千年つづける両国には、植物由来として薬害を避けるための、日本にはほとんど消えてしまった独特の薬学があります。ミャンマーは軍事政権で西洋が十数年入っていないため田舎にいにしえ薬学が残されています。
アジア人同士が、民間レベルで真の友好関係を築くことは、アジアのため日本のため、搾取され続ける世界の人々を救うことにつながります。

戦わずして平和を手に入れる方法はアジアにあります。






DSCN8929_convert_20120821180426.jpg

では、行ってまいります。
2012年8月23日,出発を記念して
青山真虎





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