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I'm go back Japan!
Thanks to India Friends!Thanks Myanmar Friends!
Thank you Asian!!
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みなさま、いつもありがとうございます。無事インド・ミャンマーから帰宅しました。
視察報告させていただきます。
誤字脱字許してください。




インドミャンマー報告
今回の目的は、日本で起きている多くの問題の「解決の糸口」をさぐるため。
とくにサイクロン被災地の復興の様子、医療薬、政治、エネルギー、教育、地域の問題に焦点。


・まずは教育。
国が抱える多くの問題は、その国の教育課程にあるのだと改めて理解した。
ミャンマーの学校教育では、軍事政権の名残から、許可がでるまで生徒は一切の発言を許されていなかった。インドでは教員の権力が強く、命令をきかない生徒を怒鳴り散らしている姿をたびたびみかけた。教育過程がもたらす影響は、将来、大人になって出てくる。
 アジアという地域柄、想像力、行動力、チャレンジ精神の有無は、支配されるかされないかという切実なことに及ぶ。日本の教育はどうか。日本はどうありたいか。そこを明確にしておけば、教育方針の着地点もしっかり定まる。まずは個人から。
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釈迦が悟りを得た菩提樹(ブッダガヤ・インド)
























・地域
5歳ぐらいから路上で働くなど、児童労働があたりまえの国において、教育を受けられる子供たちには限りがある。それに加えて、純粋な子供たちは、身近な大人の真似をすることに改めて着目したい。
釈迦が悟りを開いた菩提樹の下に座っていると、7歳ぐらいの子が菩提樹の葉っぱを「笑顔」で私にもってきてくれた。それをみていた若い僧侶が私のところにやってきて、しきりに金をせびりだした。またそれをみていた30代の僧侶がやはり金をせびりにやってきた(インドの仏教は日本やミャンマーの僧侶と違って国民からの保証がないので仕方ない行為と思われる)。私はそれに嫌気がさして、その場を離れると、笑顔の素晴らしかった7歳の少年が、真顔で金をせびりにやってきた。純粋な子供は色に染まりやすい。地域の大人から生き方を学ぶ子供たち。
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ずっと金をせびってきた若い僧侶と子ども。このままでは本当に金だけの人になりそうなので説教。写真撮影=インドの僧侶


























・東洋医学について。
インドの長距離列車で出会った若い医師によると、日本にあるような病院の処方箋の割合は、東洋の薬を30%、西洋の薬を70%の割合だという。
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インドとミャンマーでは一般病院のほか、東洋医学専門の病院、Yogiと表示された薬局が場所を問わず点在している。
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(インド・バラナシのアーユルベーダ専門医と薬局)
国全体でみた場合の処方箋の割合は東洋の薬が一般的なので、東西半々といったところだろう。私はインドのごみだらけの環境で感染症になり、東洋医学の病院をハシゴしたが、しっかりとした医師が常駐しており、植物由来の漢方薬を処方してくれた。またミャンマーの友人に紹介してもらったアーユルベーダ専門医は、庭に多数の植物を栽培して、それを乾燥、調合する部屋も各用意されていた。当時咳がひどかった私に、医師は「あげる」と薬をくださった。

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(ミャンマーの友人に紹介してもらったモーラミャイン市の東洋医学専門医)
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(薬草の調合室では粉末化、仕分け、調合などを行っていた)

私が東洋医学と漢方薬に興味をもったきっかけは、知り合いのおじさんが薬害で亡くなってからだ。日本では年間薬害で亡くなっている方が非常に多い。数字には現れないがその多くは副作用によるものだ。
西洋の戦って殺す治療か東洋の友達になって抗体を得る治療か。日本医療界もまた、視野を広げて実践に移す時期にきている。とはいえ重篤な病は西洋医学に頼るしかない。バランスが大事だ。そして改めて思ったのは、隔離された島国に暮らす私たちの菌への弱さだ。世界をバイクで走ったときもコレラなどの感染症になったが、抗体をつくるため抗生物質は当時一切飲まなかった。強い体になったと錯覚したのが油断を招き、今回感染症をふたつ頂いた。強くなったろうか。

























・エネルギーはどうか。
インドでは2012年7月、6億人に影響した大停電がおきた。これは政府のシステム思考不足によるものだ。ホームステイ先の友人の父親が警察官をやっていることから、インド政府管轄のバイオ研究室に入らせてもらうことができた。25年も前からバイオの研究をやっているそうだ。バイオといっても化学剤を使用した研究が多かったように思う。
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(インド政府バイオエネルギー研究室)





ミャンマーの発電は問題だった。毎日2回は停電がおきるのである。400万人が暮らすヤンゴン市では「水力発電が二基」だけで、あれだけ豊富な天然ガスは輸出用。国民に恩恵はない。政治がどの方向で誰のための政策であるかを知る簡単な方法はエネルギーと医療がわかりやすい。ミャンマーの地方発電はどうか。数名の利権者が自家発電をおこない、その数名が権利を握っている。日本よりわかりやすいシステムなので毎日夜10時半には全村停電する村の村人は不満を抱えていた。寺の僧侶たちがそれではだめだと自家発電を試みて村に配給しようとするも、政府から寺だけ使用許可がおりたそうだ。
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(毎日22時30分には停電になるニカイェン村)






















・本当のフリーエネルギー。
インドで大きな収穫だったのは、講演会をさせてもらったスラナ村との出会いだった。
スラナ村ではバイオマスエネルギーで注目されている植物がこれでもかと生えていた。とうもろこし、さとうきび、米は年3回大量収穫されている。野菜も数え切れない品種を無農薬で栽培。この村の若者たちとつながったのは今後おおきい。日本の食料自給率40%、仮に輸入がストップしたら10人に4人が餓死すると言われている。威圧的な中国の姿勢に加えて、アメリカはソマリア沖で中国軍と軍事演習を行うなど仲がよい。なにがあってもいいように、民間レベルでの外国とのつながりが本当に大切になってきている。どう転んでも食事だけはできるようにインドからの食料輸入も視野に入れつつ、やはり自分たちでエネルギーをつくろうという考えに至る。
スラナ村の小中学生と静岡県の児童生徒で文通を開始する予定。最終的にミャンマーの児童生徒もふくめて交換留学を。
DSC_0302_convert_20120922193148.jpg(スラナ村の小学生)
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・講演会について
インドの小中学生、高校生への講演会。600名
・インドと日本の友好について
・環境について
・アジアンユニティについて
・自分らしく生きる大切さ
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ミャンマーの小中学生、高校生への講演会。400名(各教室にて授業形式)
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・ミャンマーと日本の友好について
・ミャンマーをふくめて世界の価値観がおおきく変わり始めていること
・アジアンユニティについて
・自分らしく生きる大切さ


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右手でミャンマー、左手でジャパン
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いつも、友達
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お互いに遠いけど、いつも心はつながっているよ!

授業の最後はいつもこうして締めます。
計8クラスに授業させてもらいました。
ミャンマーの情勢が安定したら、日本の子ども達と交友しようと学校長と話し合いました。






























・政治はどうか。
インドの中学高校生に講演後、質問コーナー。
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最初の高校生からの質問が「日本の政治家はどうですか」この質問を投げかけた女子生徒につづき、立て続けに政治に関わる質問がでた。数年前インドの選挙で若い世代が当選を果たし国民は期待したが、なにも変わらない現状がある。7月には首相の件でニューデリーで大規模なデモがおきた。私は日本における国政と地方政治の現状について回答したあと、気に入らないことがあればみずから動いて変えればいいと伝えた。しっかりうなずく生徒が数名いた。どんなことでも問題意識をもてばいつか解決の糸口はみつかる。
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(質問をしてくれた生徒さん。良い眼をしていた。きっと彼ならやってくれると感じた)




ご存知のとおりミャンマーは軍事政権から民主化に動き出した。
アウンサンスーチー女史による動きは、世界でも注目されご存知の方も多いと思う。じつはスーチー女史の父親、ミャンマー独立の父アウンサン将軍は戦時中、静岡県に修行にきており静岡県とミャンマーは馴染み深い。ミャンマーは天然資源に恵まれているが、国民が他を施すことを生きがいにしている優しい国民性のため占領されやすい。スーチー女史は9月半ば渡米しており、やはりアメリカとの共同資本主義国家をめざしている。本当の民主化はミャンマー独自によるもの。日本にお手本をみせてほしかったのが本音だ。ミャンマーからもアジア、世界を変えることはできる。
ミャンマーの地方政治はどうか。村人たち総出の話し合いで村長をきめている。地方で選挙はおこなわれていない。南部の村の多くは近年若い世代の村長たちに世代交代した。ただし先に述べた電力発電の権利者のうちひとりが村長の村では19年間村長は代わっていない。村人たちも言いにくいとのこと。
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(ミャンマー南部の道路。これでもGood Road.)
(下記の写真は Bad Road のお手本みたいなところ)
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・貧富の差について。
インドのバラナシでは65%が貧困生活を送っている。一日3ドル以下の稼ぎしかない人を大勢みかけた。一方ニューデリーでは相次いで大型ショッピングモールが出店。道端で50円で買えるYシャツが2000円で売っていた。金持ちはそれを買い、さらに貧乏人から金を搾取することになる。
 ニューデリーに貧乏人はいないとみなは言ったが、私は道端で暮らす大勢の人をみている。金持ちはさらに金持ち、貧乏人はさらに貧乏になる仕組み。特にインドはカースト制度のなごりから勤勉に働いてもサラリーはあがらないシステムになっている。日本の若い世代と同じだ。
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貧乏な人とは会話が成り立った。お金を少し持っている人はすぐに金くれという話題になる傾向。もともと経済活動のなかにいなかった人達が必死に金をほしがる姿をみてかわいそうに思えた。
少しお金を持っている人のなかには元々、山で鳥を捕まえて、その鳥を物々交換で暮らしていた人もいた。それはそれで幸せだったんだと思う。それが隣の家がテレビを買ったとなれば、同じテレビをほしくなるのも仕方ない。欲しい世界が決して不幸とは言わないが、欲しいモノが手に入らない時、幸せに水を差す。


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(インドの若い起業家たちと会談。なかには夜また戻ってきて再度、インドや世界の問題を話し合ってくれた仲間もいた。損得勘定ぬきにつきあってくれる友達は一生の宝になる。インドでよい出会いがあった)





ミャンマーでは、月28日働いて月給200ドルが一般的だ。10年働いて貯金0の若者に多数出会う。郊外では外国企業が工場を相次いで作り一般的なミャンマー人はこれから貧富の差にとても悩むだろう。友達に日本に行きたいという若者がいた。でも預金が100万円ないと就労VISAは下りない。行きたい国に行けない彼らの気持ちを理解できない情けない自分がいた。職業の選択も軍人の血縁が優先されているため好きな仕事をあきらめる若者に出会った。彼はパイロットになりたかった。

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(ミャンマーの友達たちとドライブに出かけた。パアンで水浴びをして、最後は寺でお祈りをした)


彼らのアイデンティティは、優しさ、笑顔、純粋さ。
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彼らは社会活動ボランティアグループ。主に学校の黒板を寄付したり病院に輸血の支援をやっている。
すばらしい仲間がアジアに出来た。
夜遅くまでドライブをして地元に帰ってきた。
ドライブ中は、みんなで歌をうたって、道路の悪さを克服した。一生忘れない思い出。

























・サイクロン被災地復興。地域のつながり
2008年大型サイクロンによる死者20万人のミャンマー。大雨による河川の氾濫が主な原因だった。なかでも寛大な被害のPyaPon、エーヤワディー川にむかった。
サイクロンから4年、復興はほぼ完了していた。ボランティアの協力を得ながら、村人たちが手と手を取り合い、まずしいながらも完全なる復興をみせてくれた。当時の避難所をみせてもらった。50人が寝ればいっぱいの小屋に250人が押し寄せたという。三日降り続いた大雨の影響で、人も家も道も、すべて流された。そう当時の様子を語ってくれた村人たちに涙はなかった。ときおり笑顔を交えて会話してくれた。それにしても、これだけ寛大な被害で、わずか4年で完全復興を成し遂げているのには驚いた。道路も家も漁場も、ほとんど村人の手で復旧したのである。村に重機は一台もない。道具もほとんどない。もともとミャンマー国民は軍事政府をあてにしていない。あるのは村人の手、心の手。
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私は、これだけ早い復興におどろいて質問した。
どうしてこの村は、村人たちが手と手を取り合い、みな家族なのですか。
すると、不思議そうな顔をして微笑みながらミャンマー人はいった。だってここには立派なお坊様がいて、みながお釈迦様を信仰しているのよ、さあご飯を召し上がってください。金箔の剥げ落ちた釈迦が台座に、床にはお坊様が微笑んで私を手招きしている。僧院小学校の女性教員2人が作った魚料理をご馳走になった。
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村を歩くと、びっくりするほど全員笑顔で迎えてくれた。村を村人総出で案内してくれた。
日本の、東北を思い出した。差し出す勇気を思い出した地域のひとつ東北もまた、痛みを知って大きくなったというのか。いや、それは違う。やはり宗教が関係している。みながひとつを信じることは、結束力、勇気、信念、未来への想像につながる。だから日本は戦後まっさきに神道を奪われたのだと確信した。
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・宗教について
ミャンマーの仏教。
日本のマハヤナ仏教と違う点は、仏様がただひとり「釈迦」だけ。その教えは明快でわかりやすい。指導者も限られている。親に財産があっても、死期を悟るとすべて寺に寄付する習慣がある。子は親や祖父などに手を合わせる習慣がある。

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ミャンマーの僧侶に言われたことを思い出す。

「日本は宗教がなくなったから、経済を一気に発展させることができた、日本の仏教は宗派によって教えが違うから国民もバラバラ」たしかに日本の仏教は宗派によって南無阿弥陀仏を唱えれば地獄におちるとか、他力本願など、本当に各ばらばらの教えを説いている。さらに僧侶は「日本は、お坊様が道を誤ってもそれを正してくれる指導者がとても少ない、経済活動のなかに取り込まれた僧侶に必要なものは、ただひとつ瞑想によって欲しい気持ちを取り去ることだ」と教えてくれた。僧侶にかぎらず瞑想をして立ち止まることは良き道へ進むための確実な一歩。






・日本の元々の宗教はどうなっているか。
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(現在の日本の神様)
神様として私たち先祖が崇めてきた山は、経済活動に利用できるかどうかで価値が決められるようになった。金になるからと多様性に富んだ山を切り開いてスギヒノキの林を作った。平成に入ると、金にならないからと山は手をつけなくなった。結果、頻繁におきる土砂崩れ。雑木林を日本人全員で復活させようとは、あえて言わない。自然界を想い、想像するだけで、それは日本人らしさなのだ。

自然界に対する想像は、そのまま自分に還ってくる。
生活用水、水質に影響する漁獲高、なにより心の豊かさ。幾多の樹木は想像をかきたてる。心を豊かにしてくれる。心を洗い流してくれる。自然界に想像性をみいださなくなった昨今、街暮らしの私たちのDNAと心だけが日本最後の砦だとしたら、やはり教育課程が左右してくる。ゆとり教育の本当のところは教科書だけでない部分におおきな隙間をあけること。心を豊かにする授業は、大人になってからの想像性、チャレンジ精神を左右させる。冒頭の教育についてを思い出して頂きたい。イメージする時間の猶予に永続可能な可能性を秘めている。
























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サイクロン被災地の子ども達
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借りたバイクが釘を食べる
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2500年前からあるモーラミャインの寺院
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インドの家族。10日も世話になる。




















最後に。
インドもミャンマーもすばらしい文化、そして経済発展を着実に進めていた。だからこそ、日本の責任の大きさを垣間みた気がする。
高齢者が国民の4分の1になった日本は、すべての分野で土俵際いっぱいまできてしまった。中国が、インドやタイが、経済発展を遂げている。そして近い未来日本と同じようにかならず訪れる経済危機と土俵際。そのとき隣人はどうするか。他をいじめて奪うか。自分たちの力で切り抜けるか。未来を考えた経済社会。すべてはバランスの問題。
日本は、国にやってもらうことはたくさんあるが、地域でやらなければいけないこともたくさんでてきた。私たち世代はどう生きるか。これ以上苦しまないためという最低条件のもと、次世代の生活を本気で考えなければならない。道徳的に経済を進めて、自然界も動物界も潤うような転換期にきている。それはまぎれもない私たちのためでもある。ミャンマーのお坊様の言葉を思い出す。宗教を得ようとは特段おもわないが、しかし未来永劫、私たちが日本人として生きていくには残された道は限られている。経済に結びつくやり方はいくらでもある。しわ寄せを直す時期。日本が変われば世界は変わる。生きとし生けるものすべてにありがとうの言葉が聞けるまで、先祖から受け継がれてきた結いの精神、絆をもとに、私たちは日本人として生きていこうと思うのだ。

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青山真虎



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