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第13回大槌町支援活動

日時:2012年10月29日~11月2日
訪問場所:小槌第15仮設団地、金沢仮設団地、大槌小学校、大槌中学校、釜石市立栗林小学校、大槌稲荷神社、
       大槌神楽保存会、大槌町図書室

現地活動員:青山まさとら、永田喜子、伊達宗徳 ほか現地の若者
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協力:丸藤製茶(川根本町)、磯船(島田市)、柴本俊史(牧之原製茶業)
    木村あきひで(製茶業)、川根本町のみなさん、島田市のみなさん、清水入江小PTA
    清水第八中学校PTA、全国のみなさん ありがとうございます!
今回の静岡茶葉50kg、 茶葉総計500kg、急須300個、湯呑1600個 その他


報告
「毎日が3.11だった去年、二年目の冬を迎えようとしている東北はどうだったか」



11月の岩手県山中。テントを張り、マットを敷いて、さあ寝るかとおもったら寝袋を家に忘れていることに気づいた。ランタンをとりだし、さあ灯すかとおもむろにビンを振ったら灯油がこれっぽっちも入っていなかった。車中泊。ジャンバーのみ。プライスレス。翌日からキャンプのかわりに、仮設住宅の友達のところに世話になった。

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島田茶、川根茶の文字がヒカる



仮設住宅の祭壇に、大きなマツタケがまつってあった。鼻をやると菌類独特の匂いがした。ひさしぶりにあう小6の妹はあいかわらずリャマの人形を抱いて寝ているらしい。土産にもっていった花火セットをあげると「夏の思ひで」と書かれた文字を「冬の思ひで」にさっそく書き換えてくれた。兄妹たちとは避難所の茶出しで出会ってからずっと一.二に気にかけている友達だ。小6の妹のほうは避難所を出てからしばらく冷めた感じになったけど、最近また元に戻ってトランプをたたかった。六連敗させられた。学校の6年生のなかで、一番に元気なその子。でもどこか無理をしているのだと家族は言った。同じように、大槌小学校の校長が仰っていたコトバ「親が元気じゃないからせめて自分だけでも」と家庭や学校でむりに明るく振舞う児童が増えたという。「弱い者にしわ寄せがいく世の中」と中学校長は言った。

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そしてもうひとつ私がみて見ぬふりをしていたこと。
それは仮設に暮らすひとり暮しのおじいさんたちのことだ。おばあさんたちは仮設団地の集会所にいつも集まって人形作りなど内職しながら笑っている。しかしおじいさんたちは元漁師や製鉄所出身でもともと無口な上集会所に行っても相手にされないらしい。夏に、仮設を訪問した時も、ひとり暮しのおじいさんをたびたびみかけた。

よく思い出してみると、おじいさんだけで生活している部屋の扉をあけると生ゴミ臭がしたり、一目みただけで健康状態のわるそうな赤い顔の方が多かった。孤独を望まないひとたちも孤独との闘いを強いられているんだとつくづく感じる。

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訪問件数100世帯
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活動員たちも必死です
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ご不便はないか等メモをとります
とにかく交通の便が悪いとのこと
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そしてこれから二年目の冬を迎えます
誰かがいいました。冬は闘いだと。
おれたちは仮設で死んでいくんだと5人に言われました。
4年契約、一時しのぎの仮設は必要だったかもしれません。しかし、でも、という感情がわきあがります。



「現実と自信」
今回は、川根本町民と島田市民のみなさんから集められた静岡茶葉、それを両手に抱えて仮設住宅の扉をノック。おじいさんのお宅にあがらせてもらう機会を得た。ノックして扉をあけると、おじいさんの声。中を覗くとコタツから立てないでいた。座り込んだまま部屋にあがれと私を手招きした。あがらせてもらうと、部屋の壁におじいさんの身内の遺影がびっしり貼ってあった。そのおじいさんは数ヶ月前に脳梗塞で倒れたらしい。満足に会話もカラダも動かせない一人暮らし。机に上がったままの冷えた焼きサンマ。これが現実かと思った。30分ぐらいコミュニケーションを取って、帰ろうと立ち上がると、寂しそうにまたきてよと肩をたたいて自作のクルミのキーホルダーをくれた。私にはなにもできないのでなく、やらないよりやるべしと思った。穴をあけたクルミに錆びたワイヤーのキーホルダーをみて、自分のやっていることは間違いではないと信じるしかないのだ。

今回の訪問件数100世帯。過去の訪問を合わせると300世帯を訪問したことになる。お会いするほぼ全員の方からあいかわらず津波の話は当たり前にされた。避難所から合わせて10回以上お会いする方たちは、いまになって当時の様子を生々しく語ってくれる方が増えた。毎日が3.11だった去年と比べると、3.11が過去になりつつある。とはいえ毎日、かならず津波のことを思い出しているという方が100%である。忘れようったって忘れられないと言われた。

私の役目は避難所でお茶出しをしていたときと同じで静岡茶を通して交流を深めつつ、他県の他人にショックだったことを吐き出してもらうこと。記憶を掘り返すのでなく、過去を整理するため、前に進んでもらうため。
頂いたお話はすべて静岡県民のためになる。被災地の現実を垣間見た仲間は言った。自分の住んでいる川根に災害が起きたらどうなるかと。ゼッタイだめとわかっていながら手を講じないことはいくらでもある。震災後はじめて大槌町は「騒然とした雰囲気から先のみえない落ち着きを得た」と表現していいだろう。

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「復興への動きほぼ皆無」
さて、良いニュースがひとつ。浸水した土地に固定資産税をかける話は一部なくなり、土地は町が買い上げることになりそうだ。









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とはいえ、復興への進展は、ほぼ皆無に等しい。たとえばガレキで防潮堤をつくる案はどこかに消えているし、大槌高校の山の斜面を切り拓いて小学校をつくる計画も止まったまま。仮設団地に畑をつくる話もない。防潮堤に木を植える私たちの計画も中断せざるを得ない。大槌の方々に「進展していなくて申し訳ねえっす」と言われた。申し訳ない気持ちで一杯になった。たとえ個人でもやるだけやるという自己犠牲の精神をもつ日本人。しかしその精神も被災地ではかなわない。被災地の声なき声は「まず、自分たちの手でやらせろ」というのが本音だろう。あとは仮設で死ぬのを待つだけと5人に言われた。「みんなでなにかすることがない」この声に、なんとか畑にしようと夏に目星をつけていた仮設団地の空き地に、ユニセフの巨大な遊具がたっていた(笑。思い立ったら即交渉という基本を忘れた結果である。




 もうひとつ、とびきり明るい話題。大槌かぐら保存会の「臼澤みさき」さんが第45回日本有線大賞の新人賞を獲得した。大槌中学2年生の活躍。ぜひ島田で開催予定の合同神楽に呼びたいと思っている。11月14日19時よりTBSで歌が流れます!


レポート
青山まさとら





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第13回大槌町支援活動日時:2012年10月29日〜11月2日訪問場所:小槌第15仮設団地、金沢仮設団地、大槌小
2012/11/14(Wed) 23:23:24 |  まっとめBLOG速報
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